ポリヴェーガル理論と「フロー状態」の地図
〜なぜ私たちは「恐怖」で動けなくなるのか〜
「自律神経を整えましょう」
そう言われたとき、多くの人は「交感神経(アクセル)」と「副交感神経(ブレーキ)」のバランスをとることをイメージするのではないでしょうか?
しかし、この「アクセルとブレーキ」という従来の説明だけでは、どうしても解けない謎があります。
たとえば、野生動物が捕食者に襲われたとき。あるいは、人間が極度の恐怖やショックを感じたとき。私たちは逃げることも戦うこともできず、その場で「凍りつく(フリーズする)」ことがあります。
アクセルでもブレーキでもない、この「動けなくなる」状態は一体なんなのか? その答えは、私たちの神経が辿ってきた数億年の進化の歴史に隠されていました。
今回は、最近私が本で読んだ(ポリヴェーガル理論)を使って、私たちの心の地図を広げていきましょう。
自律神経の「3つの階層」
ポリヴェーガル理論では、自律神経を単なる「2つの対立」ではなく、進化の過程で積み重なった「3つの階層」として捉えます。
これを信号機のような「3つの色」でイメージしてみると、自分の今の状態がよく分かります。
🔴 赤の階層(背側迷走神経):最古の「不動」
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状態: 凍りつき、シャットダウン、無気力、引きこもり。
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進化のルーツ: 爬虫類や古代魚の時代。
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役割: 敵に襲われた時、「死んだふり」をして痛みを麻痺させ、エネルギー消費を極限まで抑えて生き延びるための、生物としての最後の手段です。 現代生活においては、ストレスが限界を超えた時に「うつ状態」になったり、体が鉛のように重くなったりするのは、このスイッチが入っている状態と言えます。
🟡 黄の階層(交感神経):闘争・逃走
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状態: 怒り、不安、焦り、興奮。
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進化のルーツ: 動き回る動物の時代。
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役割: 危険に対して「戦う」か「逃げる」かを選択し、筋肉に血流を送る状態です。これは「渦巻く動き」としての生命力そのものでもあります。
ものすごく前に渦巻反射という、私が考える生物的、根源的反射を書いたことがあるのですが、まさにイメージ通りでした。
🟢 緑の階層(腹側迷走神経):最新の「安心」
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状態: 穏やかさ、休息、社会的な繋がり、笑顔。
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進化のルーツ: 哺乳類の時代。
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役割: 表情筋や声帯と連動し、他者とコミュニケーションを取ることで安心感を得る、最も進化した神経システムです。
「フロー状態(ゾーン)」の正体とは?
ここからが、パフォーマンスアップや治療において最も重要なポイントです。
私たちが目指すべき最高の集中状態、いわゆる「フロー状態(ゾーン)」とは、どの階層にあるのでしょうか?
「リラックスしているから『緑』だけでしょ?」と思われがちですが、実は違います。ただの「緑」だけでは、安らいではいても「没頭」や「爆発力」には欠けます。
フロー状態の正体。 それは、「緑(安心)」をベースにしながら、「黄(興奮)」が同居している奇跡的な状態のことです。
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通常の緊張: 不安や恐怖に駆られ、コントロール不能になった「黄」の状態(ブレーキの壊れた車)。
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フロー状態: 「緑」という優秀なドライバーが、「黄」という高性能エンジンのアクセルを全開に踏んでいる状態。
安心している(緑)からこそ、失敗を恐れずにリスクへ挑戦(黄)できる。リラックスしているのに、感覚は研ぎ澄まされている。これこそが、目指すべき状態です。
神経を「ハッキング」する
この3つの階層(はしご)は、固定されたものではありません。トレーニングによって、自在に登り降りできるようになります。
たとえば、以前ご紹介した「冷水シャワー」や「呼吸法」。 これらは単なる健康法ではなく、神経の階層を移動するトレーニングです。
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冷水刺激: 一瞬で体に強烈なショック(黄)を与えつつ、意識的な呼吸で落ち着かせる(緑)ことで、「黄→緑」への切り替えスイッチを強制的に鍛えることができます。
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呼吸法: 長く吐く息は「緑」を活性化させ、浅く速い呼吸は意図的に「黄」を呼び起こします。
まとめ:その不調は「性格」のせいじゃない
「私はなんでこんなにやる気が出ないんだろう」 「すぐイライラしてしまう自分が嫌だ」
そうやって、自分の性格を責めてしまうことはありませんか? でも、今日の話を知った皆さんなら、もうお分かりだと思います。
それはあなたの性格が悪いのではありません。 あなたの神経が、たまたま今「赤(シャットダウン)」や「黄(戦闘モード)」の階層にいるという、「現在地」の問題に過ぎないのです。
自分の神経がいま何色なのか? それに気づくだけでも、私たちは「緑」の階層への梯子を登り始めることができます。
ましてや赤や黄も私たちを守り、成長させてくれる大切な状態でもあります。
自分の現在地を知り、適切なケアで神経を整えていく。 そのための具体的なアプローチを、これからも施術やブログを通してお伝えしていきます。
※blog全般が私が自分の体を使って実験している「探求の記録」です。
あくまで「自分の体の声」を聞ける範囲で、自己責任のもと楽しんでいただければと思います。
