はじめに:頑張る深呼吸は、本当にリラックスできているか?
「疲れたときは深呼吸をしましょう」
誰もが知っているこのアドバイス。しかし、思い切り胸やお腹を膨らませて行う深呼吸は、かえって身体に緊張を与え、呼吸を浅くしているかもしれません。
私たちが学んだ一般的な「腹式呼吸」の多くは、欧米の身体理論に基づいています。しかし、私たち日本人の骨格と生活様式には、実はもっと相性の良い、静かで奥深い呼吸法が古来より存在していました。
それが、尺八奏者・中村明一氏らが提唱する「密息(みっそく)」です。
密息とは? お腹を動かさない「静寂の呼吸」
密息は、一般的な腹式呼吸とは真逆のアプローチをします。
| 呼吸法の種類 | お腹の動き | 呼吸のイメージ | 身体への影響 |
| 一般的な腹式呼吸 | 前後に大きく動く | 風船のように膨らませる | 横隔膜の動きを最大化 |
| 密息(みっそく) | 外側はほとんど動かない | 骨盤の底へ「圧」を沈める | 腹圧を高め、体幹を安定 |
密息の最大のポイントは、骨盤を後傾させお腹の表面を動かさないことです。その代わりに、横隔膜を上下に動かし、お腹の「内側(内臓の隙間)」に圧力を生み出します。
例えるなら、外側に膨らむ風船ではなく、内部に圧力が充満した**「水袋」**のような状態をイメージしてください。
日本人のルーツが教えてくれる密息の重要性
なぜ、この密息が私たち日本人の身体に合っているのでしょうか?
それは、かつての日本人の服装に答えがあります。
- 帯と着物文化:江戸時代以前、日本人は皆、着物の上から「帯」をしっかりと締めていました。この帯を締めた状態では、お腹を前に突き出すような腹式呼吸は苦しくてできません。
- 身体の縦軸への適応:お腹を横に膨らませられない身体は、自然と呼吸を身体の「奥深く、下へ下へ」と落とし込むことで、酸素を取り入れようとしました。これが密息の原型です。
- 骨盤後傾との完璧な調和:そして、先日お話しした「日本人は骨盤が後傾し、仙骨が沈んでいるのが自然体」という特徴です。この少し丸まった背中と、お腹が前に出ない構造は、腹圧を逃がさず、骨盤の底に空気をドシッと沈める密息を最もやりやすい姿勢なのです。
「無理に背筋を伸ばす」という不自然な姿勢は、この日本古来の「お腹に圧をためるシステム」を壊してしまうことにつながります。
密息がもたらす治療的メリット
密息を実践し、「静かな呼吸」を取り戻すことは、単なるリラックスに留まりません。
- 無敵の体幹安定:腹筋群やインナーユニットを使わず、腹圧だけで体幹(コア)が安定します。立っている時や作業中に力が逃げなくなり、「疲れない身体」へと変わります。
- 自律神経の整頓:胸や肩の動きが消えるため、呼吸に伴う外部からの刺激が最小限に抑えられます。交換神経の緊張状態が解除され、深いリラックス(副交感神経優位)が訪れます。
- 「沈み込む力」の強化:息を吐くたびに重心が下腹部(丹田)に落ちる感覚が強化され、身体の軸が安定します。ふらつきが減り、施術後の安定感が持続しやすくなります。
今日から始める密息の第一歩(実践編)
密息は難しくありません。「頑張る深呼吸」をやめることから始まります。
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姿勢: 仰向けになり、膝を立てて腰を丸める(骨盤後傾のポジション)とやりやすいです。座っている場合は、少しお尻を下げてリラックスします。
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方法:
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お腹を膨らませようと思わない。
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息を吐くとき、骨盤の底にある「肛門と仙骨の間(会陰)」に向かって、静かに息を沈めていくイメージを持ちます。
鳩尾の辺りが緩む感覚があればOKです。 -
吸うときも、お腹を膨らませず、ただ横隔膜が上に戻るに任せるだけ。
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意識: 外から見て呼吸をしているか分からないくらい「静かに」「長く」を心がけます。
「深呼吸=リラックス」という固定観念を手放し、「静寂の呼吸」が身体にもたらす深い変化を感じてみてください。
当院では、この日本人の骨格と身体の使い勝手に合わせた「姿勢と呼吸」の調整を軸に、根本からの不調改善を目指しています。お気軽にご相談ください。
